よく考えてみれば、別に俺である必要はなかったんだね。 …あえて考えなかったんだけど。 たまたま偶然、それが俺だったってだけの話。 選ばれるのに必要な要素なんて タイミングと利用価値 それから、ほんの少しの将来性。 その日は、ある大き目の町にある広場で剣の修行をしていた。 半ば見世物化していて、やってる本人2人も怪我などしないので、 町の人たちも安心して見ているようだった。 サンが大きく振りかぶり、力の限り剣を振り下ろす。 ちょうど、その時だった。 サンとレイの間…つまり、サンの剣の軌道内に、6歳程の少女が駆け込んできたのだ。 ぎょっとした2人は、咄嗟に少女をかばう。 サンは腕の筋肉を総動員して剣を止め、レイは少女に覆いかぶさり、 何とか少女は怪我もなくレイから解放された。 「だっ…大丈夫?」 剣を収めながらサンは言った。 「怪我は無いようだ…しかし驚いただろう」 二つにお下げにされた栗色の髪。 その少女の頭を撫でながら、すまなさそうにレイも言う。 …しかし、少女は何の事も無しに…むしろ悔しそうな表情を浮かべ、広場から走り去ってしまった。 残されたのは、ぽかんとしている町人と、サンとレイ。 「…驚いたの、こっちだったみたいだね」 「そうだな…」 その日の夕方、サンは偶然先ほどの少女をみつけた。 可愛らしい顔つきの、栗毛の少女。 服は薄桃色で、おさげの先にも同色のリボンが結われている。 どこにでも居そうな女の子で、特記することはなさそうだ。 しかし、あの動じなさ。 よく考えてみれば、それなりにスペースをとって稽古していたはずなのに、何故そこに突っ込んできたのか。 まさか、わざと? あの年齢なのに保護者もおらずに出歩いていることも気になり始め、サンは「わざとだ」と確信した。 しかし、わざとにしても理由は一体なんだろう。 邪魔をしたかった? 構って欲しかった? 目立ちたかった? それとも… 嫌な考えがよぎって、サンは首を左右に振った。 まさか、そんな。 まだあんなに小さな子どもなのに、そんな訳ないじゃないか。 とにかく、少女はさっき、無言で立ち去ってしまった。 もしかしたら気を悪くしているのかも知れない…捕まえて謝っておこう。 そう思い、サンは小走りに少女に近づく。 「ねぇ、君…」 呼びかけられ、少女は振り向いた。 その目を見て、ぎくりと一瞬固まるサン。 彼女の目には、光がなかったのだ。 思い出されたのは、牢獄で会った時のレイ。 あの目によく似ていた。 「さっきはごめんね」 嫌な考えが確信に変わろうかという瞬間、サンは謝った。 「怖かった…?」 少女の目線に合うように、膝を地面に落とす。 しかし、返された言葉は… 「どうして殺してくれなかったの?」 それは、あまりに年齢と不釣合いな言葉だった。 そしてあまりにも淡々と言われた言葉に、寒気すら覚えるサン。 「君は…死にたかった、の?」 少女は頷き、さっきよぎった考えが確信に変えられた。 ここにも居るのだ、死にたい人が。 まだこんなに幼いのに。 「もしかして君、死ねないの?」 「バカ言わないで。そんな訳ないでしょ」 返される言葉はあくまでも冷たい。 少々面食らいながらも、不死身でないことに安心する。 「じゃあ、どうして死にたいの?」 「疲れたの、生きるのにね」 「自殺…は、しないの?」 「さっきのが自殺行為じゃないって言うなら、しないかな。  自分から死ぬのはシャクなの」 少女は…その思考回路はとても少女とは言いがたいが…質問に間をおかずに答える。 まるでその事について、何度も何度も、いつでも考えているかのように。 その夜、サンはベッドに入って毛布を被り、寝たふりをしながら考えていた。 レイには…言わなかった。 レイは、そりゃあ頭もいいし、答えをくれるかもしれない。 でも、きっとそうすべきではないと思う。 それにレイの答えを聞いても、納得なんてきっと出来ない。 レイの考え方と、あの少女の考え方は似ていたから。 死にたいと思う気持ち。 死を救いと思っている気持ち。 その思いが、彼らの中で固まっている。 でも… サンは毛布の下で、バンダナを外した頭を抱えた。 でも、その固まった思いの下に、もっと暖かい、柔らかい気持ちが流れている。 そうあって欲しい、いや、きっとそうだ。 本当に悲しいのは、その暖かくて柔らかい気持ちに気づかないこと。 でもそれは、俺がどうこう言ったところで気づくものじゃないし、 そういうきっかけで気づいても、それは無意味だ。 この前レイも言っていたが、言われるのと自分で気づくのは違う。 …だから、レイにも相談しない。 自分でちゃんと気づいて、生きて欲しいから。 レイは、サンが毛布の下で眠っていないことは分かっていた。 別にだからどうするでもない。 眠れない日なんてあるし、眠れないからってわざわざ相手をして起こすべきでもない。 明日に支障が出るかも知れないからだ。 …しかし。 眠れないサンが、何を考えているのかは気になった。 日中の少女の事であろうという予想はつくのだが、そこから先は分からない。 サン個人の事なので無理やり聞き出す気も無いが、ああ悩まれると気になってしまう。 …というよりも、自分に相談してくれないことのもどかしさが強かった。 僕は頼りにならないのか…? 頼りたくない理由だって、いくつかは知ってるつもりだ。 一つは、相手に頼りがいがないとき。 もう一つは、相手の口が軽いとき。 もう一つは、迷惑をかけたくないとき。 そして、悩みの内容が自分に関するものであるとき。 サンの性格からして、3か4が妥当なところだろう。 もぞもぞと動くサンのベッドをみつめながら、レイは自分の無力さを呪う。 きっと、聞き出すべきではないのだろう。 その夜、サンが見た夢は最悪だった。 レイが少女を殺してやるという夢で… 自分は少し遠くから眺めているだけで、何もできない。 レイは少女の考えに共感して、少女を殺してあげることにしたらしい。 購入した剣を使わず、首を絞めるという方法で。 彼女は死に際、はっと目を見開く。 やっぱりやめて、という目で…その目には、光があった。 しかしその輝きは一瞬で、次の瞬間に彼女は死んだ。 レイはその亡骸をまたぎ、次へ行くぞと促す。 やっと動けるようになったサンも、何故か少女を無視してレイの背中を追ってしまう。 …そんな、嫌な夢だった。 「大丈夫か?」 気がつけば、サンは汗だくだった。 息こそ上がっていなかったが、嫌な汗が全身を湿らせている。 「熱でもあるのか?」 そう言いながらタオルを手渡してくれるレイ。 一瞬、その手がひどく恐ろしく見えた。 自分の首も絞めるのではないかと。 「あ…ありがとう」 とりあえず受け取り、額の汗を拭う。 「昨日眠らなかったのは、体調が悪かったのか?」 サンは大きく横に首を振る。 それから起き上がり 「…考え事」 とだけ呟いた。 ああやっぱり。レイの横顔はそう言っていた。 「…そうか」 何を考えていたんだ? とか、どうして相談してくれないんだ? とか レイの横顔と声は、実に分かりやすくレイの本音を伝えてくる。 レイは、本当はサンよりもポーカーフェイスが苦手らしい。 サンが朝食を終えると、散歩と称して部屋を出て行った。 その背中に、イラついた空気をまとわせて。 サンもあまり寝ていなかったので、早々にベッドに横になる。 思えばそれが、彼らの始めての喧嘩だったのかも知れない。 喧嘩です、喧嘩。 友達同士が普通によくする、あの喧嘩です。 もちろん殴り合いとかにはならないと思うけれど。 自殺志願の少女は、夢に出てきた私です。 何て夢見てるんだ自分。