ほら、また来た。 また一人、馬鹿な人間が。 今回は男か、まったくここは退屈しない。 こんな寒いところまでよくもまぁ来るもんだ。 さて、しかし俺はここから先に彼を通す訳にはいかないんだ。 適当にお相手して引き返させてやるよ。 舞台は飛んで、ここはエンプティナ。 サンとレイの、旅の終点である。 ボロボロの船着場近くに立っているのは、20そこそこの青年。 頑丈そうな鉄の胸当てを着け、その上から大分古そうなマントを羽織っている。 短く切られた濃い茶髪に、少しひねくれたような緑の目。 左腰には鞘を下げ、右腕には今抜いたそれであろう、剣を持っていた。 そして船着場からやってきた男は30代後半といったところか。 こちらもまた頑丈そうな鎧に身を包み、なかなかガタイがいい。 背負っているのは大剣である。 ふーん、と青年は笑んだ。 「おい、そこのオヤジ」 慣れたように言うが、彼等は初対面である。 「何だ若造が、邪魔をするんじゃないぞ」 オヤジと呼ばれた男は、少し気を悪くしたようにギラっと青年を睨む。 目の色は青みを帯びた灰色だ。 「アンタ、この先の竜んとこに行くんだろ?」 「ああそうだ、だから邪魔をするんじゃない」 そう言って素通りしようとする男。 だが相手は既に剣を抜いている、邪魔をするなという言葉になど耳をかさないだろう。 男の予想は的中した。 「やめときな」 「何故だ」 「死ぬだけだ」 極短いやりとりだった。 しかし、ここで引き下がる男でもない。 「私は強い、死ぬどころか不死身になって戻ってくる」 「やめとけっつってんだよ」 青年は男の前に立ちはだかる。 「お前は死ぬってことがイマイチ分かってないみたいだな」 ふと表情を消して、それだけ言う。 一瞬悲しげな表情になり、続けた。 「ここで俺と勝負しな、勝てたら竜のところに行けばいい」 「こんなところで無駄な体力など使うか!」 男は反論したが、青年の方は無視をすることにしたらしい。 「そうそう、俺は若造じゃない。名はラキス」 抜いた剣を構え、半身になって腰でためる。 それを見て、男も剣を抜こうと手を伸ばす。 「もうここで1000年以上生きてんだ、若造はてめぇだよ」 ガキンと音がしたと思うと、男の鎧に深い傷がついていた。 男の方は、剣を抜いたままの体勢でしりもちをつく。 「1000年以上…竜の血を浴びたのか?」 「ああそうだ、俺はそれを後悔してる。  だからここに来た奴等を止めるために、俺はここにいる!」 ザリっと乾燥した地面に剣の先を刺すと、ラキスは続けた。 「もっとも、口で言ったって誰も聞きゃしねぇ。仕方ないから力づくだ。  俺より強い奴はしかたねぇから通すことにしてる。弱けりゃここで死ぬか…  引き返すかだ。引き返すなら今だぞ」 男は転んだままの体勢で、少し考えると、笑った。 「お前に負けたらそれまでということだ、いくぞラキスとやら!」 「あーぁ、脳みそ筋肉系か」 相手が体勢を立て直すのを確認し、やれやれと言うと… 深く踏み込み、風のように剣を振った。 それが掠ったのか、男の鎧がガランと外れる。 男も負けじと剣で防御や攻撃をはかるが、如何せん相性が悪い。 あっという間に首元に剣を突きつけられる。 「てめぇの弱さが分かったら、ここで引き返すんだな」 「殺さないのか」 「ああ、俺だって別に殺しが趣味って訳じゃねぇよ。  …そもそも、とうに死んでるはずの俺が、今生きてる奴等を望んで殺すなんて  それじゃーこの世界は死者だらけになっちまうよ。」 金属の摩擦音を立てて剣を収める。 「帰りな。状況はしらねぇけど、お前は生きろ」 それだけ言うとラキスは男に背を向け、元居た場所…船着場の見える位置に座り込む。 が、それが悪かった。 男は今だと言う勢いで、竜のいる場所…朽ちた神殿の広間へと駆け出していた。 ラキスもそれに気づき、立ち上がってすぐさま後を追う。 …くそっ、またこの手の奴か! ラキスが広間に着くと同時だった。 先ほどの男が、ラキスには見えない敵に立ち向かい…何かの衝撃を喰らい、 血を出しながら倒れる。 まだ何とか動けるのか、うつぶせになってこちらへ来ようとしている。 ラキスは再び男のもとへと駆け出した。 今ならまだ助かるかも知れない! 大丈夫、竜の攻撃は俺には通じない!! …しかし、殆どスライディングのように男に手をのばした瞬間… 男の背…仰向けなら胸の位置に、透明な何かが突き刺さるのが見えた。 ゾッと血の気が引く。 スライディングを止められないまま男の手を掴んだが、もう無駄だった。 彼の血で濡れた手を見ながら、ラキスは呆然と歩く。 まただ、何人目だ? どうして俺は守ってやれないんだ? 何だってまた、みんな竜の血を欲しがる? 長生きじゃないんだ、死ねないんだ。 その違いを、何で理解できないんだ? 手に付いた血をマントで拭きながら、彼は嘲笑した。 …何で理解できないか、か… 俺だってそうだったんだ、その時は止めてくれる奴も少なかったけど… 永遠に生きることと長生きなことの違いを知ってる奴もいなかったけど… 考えるべきだったんだよな、もっとちゃんとさ。 定位置に戻ると、不意にさっきの男が死ぬ瞬間が脳内に戻ってきた。 目を細め、顔を歪める。 そして彼を、頭痛に近いものと、吐き気に近いものが襲う。 彼は頭を抱え、ブンブンと首を横に振る。 「ダメだ、考えたらドツボにはまるぞ俺。とりあえず忘れろ、忘れるんだ。  諦めが付いたら葬りに行こう、大丈夫、アイツは死ぬ運命だったんだ…」 …死ぬ運命。そう、運命。 何度この言葉を言い訳に使ったことだろう。 都合の悪いことは、運命、運命。 そういってしまえば諦めが付く。 …それは何でなんだろう。そもそも運命って何だ? 考えてみたこともあったが、その時も吐き気に近いものによって中断せざるを得なかった。 生活に密着した、ごく当たり前な言葉ほど分からないものが多い。 運命だって、それの一種だ。 そう適当に終わらせていた。 が、誰も来ない時が長く続くと、自然と考えるのはそのことだけだった。 ラキスは近くの小石を拾うと、乾いた地面に文字を刻み始めた。 深く、少し大きく。   だれか いるか ? これが、彼の日課だった。 不死身の者同士は姿が見えない、そして声も聞こえない。 互いに影響できないことになっている。しかし、時折何かが崩れる音や足音のようなもの、 そして足跡のようなものを見るのも事実。 誰かがここにいるのかも知れない、同じ不死身の人間が。 最初にそう思った時から、ラキスはこれを始めた。 …刻まれたものなら見える筈だ。 しかし風のある乾燥地帯、文字は2時間もあれば、砂により完全に消滅する。 石を握り締め、ラキスは膝に顔をうずめる。 寒気に似たさっきの感覚が、まだ背中に残っている。 黙って自分の膝を抱え、一人苦しんでいた。 しばらくそうしていると、彼は顔を上げる。 「…俺は、これ以上生きた死人を出さないためにここにいるんだ」 そう呟くと、膝を放して胡坐になる。 剣の手入れをし、遠く青い海を見つめ直した。 美しい夕日が海に沈む様を見、それに慰められた。 最初の頃は何度見たことかとうんざりしていたが、よく見ればいつも雲の形が違う 空気が違う、光が違う。 いつも同じな俺とは違って、この世界は生きてるんだ。 そう実感させてくれる空が好きだった。 「でやぁ!!」 レイに向かって打ち込みをするサン。 丁度先ほど、もう1本安物の剣を買ったところで、サンが大分気楽に稽古できるようになった。 「大分良くなっているが…こんな強さでは竜に勝つことなどままならない」 言いながらサンの剣を弾き飛ばすレイ。 「サン、人間1人ではない、竜1体だ。それに…」 「それに?」 その前に不死身の人間達を殺さなくちゃならない。 そんな事は、サンには言えない。 「…それに、お前は竜の血を避けながら戦わなくてはならないんだ、そちらに気を回す余裕を持て」 「はーい…」 「もう稽古を始めて随分経つな、今日はここで終わりにするか」 その他1登場。 ラキスの名前はラテン語の「光」からとりました。 ちなみにサンは英語の太陽、レイは英語の鋭い光。 ラテン語はlacisなのですが、読み方分からなかったしラシスじゃ女の子っぽかったので ラキスになりました。 これから(随分先になりそうだけど)出てきますので宜しくお願いします(?