朝起きたら、いつも通り1日が始まるものと思っていた。 景色は天気によって多少違うにしろ、いつもと同じものが見えて いつもと同じ人がいて 人として必要なものを摂り 自分として必要なことをして そうしてまたいつも通り一日が終わるものと思っていた。 その日はある集落に差し掛かった。 特に大きな店があるとか、そういう所ではない。 やや乾燥した地帯で、随分長い草がたくさん生えている。 その中に埋もれるようにある、小さなものだった。 そしてその外れ、露店のようなみすぼらしい建物に、人が集まっていた。 宿もないし、次を目指そうと集落を抜けるところで、それに興味を持って 足を止めたのはサンの方だった。 「ね、あれなんだと思う?」 「知るか。こんな所だ、特に必要なものでもないだろう。先を急ぐぞ」 レイはいつも通りそっけない。 別に機嫌を損ねた覚えもないし、時間はあるのに…と考えてみる。 しかし考えたところで相手の気持ちが理解できる訳でもなし、サンは放棄した。 「いいじゃんほら、見に行こうよ」 レイの右手を掴んで強引に行こうとしたが、手首を返して振り払われてしまった。 「人が多いのは苦手だ。行くなら一人で行ってくれ」 さっきよりもより気分を害したような声で言うと、レイは近くの茂みの前に歩いていった。 「はーい。仕方ないなぁ…」 どうしてレイはこう、面白そうな物に積極的に近づかないんだろう? 不満に思いながらも、サンは人だかりの近くに歩いていく。 レイとしても、別に興味が無いとか、本当に人の多いところが苦手な訳ではなかった。 実際集落を見つけて少し自由時間を設けたとき、レイの方が先にそちらを見に行っている。 まぁ何かの見世物か安売りだろう、そう思ったのだ。 結論から言えば、どちらでもなかった。 強いて言うなら前者。 そこに居たのは老婆一人で、他の人はその老婆をバカの一つ覚えのようにありがたがっていた。 「ここ、何かあるんですか?」 サンは人だかりの1人に声を掛けた。 すると、そこにいた中年の男が答える。 「不死身の巫女様だよ、知らないのかい?」 「不死身の!?」 思わず大きな声を上げ、力ずくで中心地へと入っていく。 そこに居たのは背も大分縮んだ老婆で…クシャミひとつで骨が折れてしまいそうだ。 そしてその周囲の人たちは、老婆に食物や花、そして多少の金などを差し出し、 中には拝んだり、感激で涙する者もある。 …ともかく、サンの期待した不死身とは全く違っていた。 サンとしては、レイのような不死身を期待していたのだ。 そうしたら接触は出来ないにしろ教えてあげられる、そう思っていた。 多少の落胆を感じつつ、サンは老婆に声をかけてみる。 「おばあちゃんは何年くらい生きてるの?」 一声掛けただけでも周囲がざわつく。 これじゃあ何だか不気味な宗教みたいだ。 図々しいとか何様のつもりだとか、挙句祟りがあるとか訳の分からない小声が聞こえる。 が、それを制し、老婆は答えた。 「百と十少しだよ」 答えた声はあまりにしゃがれていて、歯が抜けているせいか、随分聞き取りにくかった。 その孫なのかひ孫なのか、そばに居た少女がそれに付け加える。 「おばあ様は、竜の鱗を持っているの」 それを聞くと、サンは軽く礼を言って人だかりから離れた。 レイのところに早足で戻る。 レイは進行方向を向いていたが、足音に気づいて、どことなく死んだ空色の目でこちらを向いた。 「…どうだった?」 「…うん」 この時、サンはやっと気づいた。 レイはあの人をもう見ている。 きっと鱗の話も聞いてるんだ。 かなり直感的なものだったが、恐らく間違いないだろう。 「レイは、あれはもう見てたんだね」 「ああ」 「教えてくれればよかったのに」 「…………」 「あの人、レイに見えたってことはやっぱり不死身じゃないんだよね」 少し声のトーンを落す。 あの群集に聞こえたら厄介だ。 「ああ、そうだな」 「誤解、解かなくていいの?」 「……解けるのか?」 ふと、あきれたような目つきで群衆を見る。 「ここに本当の不死身の者がいると、彼女と僕の違いを見せ付けるのか?」 視線をサンに戻し、レイがさらに訊く。 「だって、あれ詐欺だよ!? みんな信じて、色んなものあげちゃってるじゃない!」 いつもよりも少し怖い目つきでこちらを見るので、サンは少し引き気味だ。 それでも間違ったままじゃいけない、そう思うのか、サンは喚くように言った。 「あの群集はな…信者とでも言おうか」 また横目で群集を一瞥する。 「彼女を不死身だと信じることで、そしてそれを拝んだり貢物をしたりすることで、自分を支えている」 「どうしてそんなので支えられるの?」 サンの疑問はもっともだ。 少し頷いてから、レイは答える。 「人は弱い生き物だ。その中でも心の弱い人間は、とにかく大きな力に頼りたいと考える。  いや、考えてはいないか…本能に近い。責任転嫁の塊だな」 「責任転嫁の塊…」 言われた言葉を反芻する。 しかしどうにも理解に苦しむようだった。 「自分にはない力を持ったもの、つまりここでは不死身の力を持った老婆だ。  その超人的な能力に、心の弱い人間は神を見出す。  そうすると今度は、神を信仰してあやかりたいと思うわけだ」 「その能力を?」 「違う。まぁ平たく言えば…贔屓して欲しいと思うってところだろう。  実際思考回路がそうなのではなく、ほとんど感情に支配されているところだ」 「それがどうして責任転嫁になるの?」 「そういう神のような存在が、自分の運命をある程度握っていると思っているからだ。  自分の何かが原因で悪い状況になった時、神に祈れば何とかしてくれる、神の機嫌をとれば大丈夫  …頭の中がそうなってしまってるんだ」 「良い事も悪いことも、みんな神様のせい?」 「そういうことだ」 うーん、と、サンはそういう人たちの脳内を考えてみる。 自分の一生を握っている人が居て、その人のご機嫌さえとっていれば幸せに暮らせる。 でもそれは… 「……やっぱおかしいよ、それ」 「僕もそう思う」 やっとレイが、少しだけ笑んだ。 どこか安心したように見える。 「そんなの自分の人生じゃないって! やっぱりあの人たちに教えるべきだよ!!」 ダッと走りだすサンの、長いバンダナを掴み…レイはサンを止め、否。転ばせた。 「待て」 「……言うの遅い」 派手に打った顔面をさすりつつ、サンは起き上がる。 「だって無駄じゃない、あんなのやめて、自分の足で歩かなきゃ!  それに第一、あのお婆さんだっていつかは死んじゃうんだよ!」 「死ねば目が覚める」 「それまで放っておくの!?」 今度はサンの方から講義が始まった。 「あのお婆さんは不死身じゃないし、神様じゃない! ただ長生きなだけなんだよ!?  それに価値が無いとは言わないけど、それは頼っていい理由にはならない!」 「不死身なら頼っても良いと?」 「違う! ええと、上手く言えないけど……みんな自分の一生は自分で生きなきゃ  駄目なんだよ! 不死身だったらもしかして、本当に神様の力があるのかもと思っても  仕方ないと思うんだ。でも違うなら、きっともっと早くに目を覚ますべきだ!」 言ってる事が支離滅裂だなと、両者とも思っていた。 とにかくサンは、違うと分かったからには今すぐあの信仰をやめさせたいらしい。 レイもそれは同意見だが、それはやってはいけないことだとわかっている。 「……サン、今あの人たちの誤解を解いたらどうなる」 「どうって……みんなちゃんと前見て生きるんじゃないの?」 「そうなるのは心の強い、ごく一部の人間だけだ。支えを失った弱い人間はどうなる」 「でもそれは、あのお婆さんが死んだ場合そうなっちゃうじゃない」 「ああ。だが死んで現実を目の前に突き出されるのと、こうして他人に言われるのとは違う。  言われるだけでは無駄な希望が残る。以前よりも必死にしがみついた信仰になるだけだ」 「そんな……」 「そうなった人間は哀れだ。それに、よそ者がどうこう言う問題じゃない」 レイはまた、進行方向に体の向きを戻した。 「僕たちはまた、先に進むぞ」 竜のもとへ……神のもとへ。 個人的宗教観ですわー。 ってか何かもうパソ変えたので、前に描いた小説とかぶっ飛んでます。 な、なんてこった…! もう仕方ないので、結構前から出ていたネタを勢いで書き上げました(2時間くらい? なんかドロドロしててすみません。 そんでもってセリフだらけですみません。