懐かしい… 昔、あぁして剣を携えて旅に出たんだった… 本当に、昔。 もうその頃の事を知る者もいない。 でもこうして見ていると、変わらないものの存在を見つける事が出来た。 重い剣を下げて、必死に走る姿…その先に希望を見いだしていた。 「なぁ、どうして俺を旅に連れて行くんだ?」 そういえば、とサンが口を開いた。 不死身のレイと違って、サンは摂取するし、消費するし、明らかに邪魔な存在だ。 「無駄口を叩いている余裕があるとは…感心だなっ」 ガキッと鈍い音がして、サンの持っていた剣が弾かれた。 放物線を描いたそれは、ザキッと音を立てて草原に突き刺さる。 「痛たた…」 痺れた利き手をさすりながら、サンは剣を引き抜いた。 「もうちょっと手加減してよ!」 「やかましい、大体木の棒に負ける方がおかしい」 一方、レイの方は息一つ切らさずに、その辺で拾った木の棒を肩に乗せている。 まぁ、息が上がらないのは当然の事であるが。 「大体、もう少し集中したらどうなんだ…雑念があるから勝率が下がるんだ」 まぁ、並以上。 レイはそう思っていた。 折角剣を手に入れたことだし…と言う事で、稽古の相手をしたのだ。 もちろん、剣は1本しかないのでこちらは棒。 レイの体なら体術でも問題は無いのだが。 「で? 何で俺を連れて行くの?」 剣を鞘に収めながら、サンが繰り返した。 一度気になり出したら聞かない様だ。 「…一言で収まる理由じゃない…そこに座れ」 目の前の岩にサンを座らせ、水を持たせる。 多分、今の稽古で疲れているだろうから。 「その事を説明するには、僕が不死身になった理由から話さなくてはな」 ふと、虚空を見上げる。 サンは興味深々といった表情で、レイの顔を見つめていた。 「…エンプティナには、竜が居るんだ」 「竜?」 「そう、かつて僕はそいつを倒そうと旅をしていた」 「4百何十年か前?」 「そうだ。その竜は指定の剣でしか倒せないという、けったいなものだったが…」 握り慣れたその剣を思い出す。 初めて手にした時は、どれだけ誇りに思っただろう…。 「とにかく、僕はその剣で斬りかかった」 まざまざと思い出される、その時の光景。 今と何ら変わらない姿の、自分。 「その竜の血を浴びると不老不死になる…そんな事は重々承知だった。  血を浴びた者が生き続ける限り、竜は消えない。  だから、血を浴びずに倒す必要があったんだが…」 「浴びちゃったんだね?」 サンが続けた。 「僕の修行不足だ…」 ぎゅっと、今は棒が握られている手を握る。 もっとしっかりしていれば、ちゃんと注意していれば、こんな事には…。 「でさ、不死身になった理由とエンプティナを目指す理由は分かったけど…  俺はどうして一緒に行くの?」 早くしてよとでも言うように、サンは話の先を催促した。 「その剣を扱う資格が、僕にはないからだ」 悲しそうに、自嘲の笑みを浮かべる。 どういう事? と言いたげなサンに、言葉を続ける。 「竜の血を浴びた者は、その剣に触れられない。そう出来ているんだ。  実際、僕は血を浴びた瞬間から、その剣を拾えなくなった」 恐らくは、穢れた存在。 剣にそう認識されるのだろう。 「それから、竜に再び触れることも、その姿を見ることも出来ない。  不死身の者同士は出会えない様になっている」 「おぉ、何か不思議!」 言ってから、ちょっと待てよという顔をする。 「って、それって俺に、その竜と戦えってこと!?  しかも返り血浴びずに、一人で!」 気まずそうに、レイが頷く。 正しくその通り。 レイは戦いに手出しが出来ない。 ついでに言えば、戦いを見守る事さえままならない。 竜の姿がこの目に映らないのだから。 「うあああ、な、何か有り得ないんだけど!?」 あり得て貰わなければ困る、と思ったが…言えた立場ではないので言わずにおく。 「だから…頼む」 この苦しみを、終わらせてくれ… 懇願を込めた目だった。 サンは取り乱しながらもその目を見て…再び決心を固めた。 「コレも何かの縁だ! 俺、頑張ってみるよ! もっと強くなる!」 岩から降り、レイの肩を叩く。 その表情は、笑顔だった。 縁で片付けるのもどうかと思ったが…しかし、まさか受けてくれるとは。 「…ありがとう」 恐らく、不死身のこの身でなかったら涙が出ていただろう。 本当に嬉しくて、申し訳なかった。 次の街に着いた。 平和な街で、お金のあるサンは今度こそ、何の気兼ねもなく宿に泊まれた。 まぁ、半日程度で終わるアルバイトはしたが。 夜中、サンが寝静まった後…レイは一人月を眺めた。 月までの距離も、少しずつ少しずつ開いていると、何かの本に書いてあった。 きっと太古の月はもっと近くて、それから遠ざかっているのだろう。 それからふと浮かんだ、あの竜との戦い。 その夜も、月が綺麗だった。憎らしい程。 何だか、不死身になったこの身を嘲る様に見えた。 …連鎖して。 旅の理由が出てきた。 竜を倒すまでの経緯…決して遊びじゃなかった。 竜がこの星に起こす災いや、それにまつわる神話…。 竜を倒すべく勇者として、剣を握ったこと。 この身になってすぐ、退治の命令を下した王を殺害したこと、そして無期懲役。 神に逆らった時点で、僕の無期懲役は決定していたのかも知れない。 それこそ、本当の無期が。 だとしたら…と、サンに目をやる。 当のサンはと言えば、完全に毛布にくるまっていて姿も見えない。 ただ、寝息に合わせて微かに動く背が、毛布越しに見えるだけだった。 呑気なものだ…。 この少年にも、その罰は下されるのだろうか? 無限の苦しみと悲しみの中で生きるという、最悪の罰が。 多分、終いにはそれも感じなくなって…どうなるだろう? 想像もつかない。 …それから、思考回路は竜へと戻る。 あの竜は、一体いつからあの場所にいるのだろう? 神話では、この星が出来てから…それを科学的に言えば、 約50億年前からという事になる…神話はそういった事を伝えたいのでは無いだろうが。 とにかく、今の僕にも想像もつかないような年月を…彼は生きている。 それは、どんな気持ちなんだろうか… …否。 思うことなど無い。案ずることなど無い。 どうせ、倒すべく相手だ。 そして、彼と共に僕も死ぬ…神話は終わりを告げる。 この星も平和になって、いつか寿命を終える。 神話が本当だったらの話ではあるが。 その瞬間を、僕は恐れずに迎えられるだろうか? サンと出会ってから、感情が戻り、生きている感覚が戻っている僕が。 自覚はある。 サンが寝ている時は酷く退屈だし、こうして物思いにふけってしまう。 まるで血を浴びる以前のようだ。 …懐かしい。 懐かしむ気持ちもまた、懐かしい。 それを、悲しいとも感じた。 もうすぐ夜が明ける。 昨日サンが寝たのは遅かったから、昼近くまで寝かせておいてやろう。 剣の修行もちゃんとやらせて…。 エンプティナに着くまでどれくらい掛かるだろう? 間に合うだろうか…サンのこのままの強さでは、あの竜に勝てる訳が無い。 傷も付けられるかどうか… 百歩譲って傷を付けられたとしても、結局は死ぬか、自分と同じようになるかだ。 それまでに、何としても鍛えなければ。 そう思った自分に、少しだけ自己嫌悪したレイだった。 何とか秘密が明らかになってきましたな… 危うく最後まで秘密隠したままにするところだった… それじゃあ訳が分からないじゃないか、自分(死 てか、またバトルシーン少ないっすね… 最初の修行だけじゃんっ! そろそろ冒頭の詩みたいな物体もネタが尽きて来ました。 さぁどうしましょう?