少しずつ少しずつ、変わらないと思っていたものも変わっていく。 城も、山も、空も、人も。 知っていたものがなくなってしまう時もある。 あったものが居なくなってしまうこともある。 はばたき始めたこの空も、いつかは変わってしまうのだろう。 船の話をおかずに、二人はぱらぱら話をしながら歩いた。 もう隣町に着くが、同時に日も暮れそうだ。 空ももううっすらと緑を帯び、今にも星が見えそうだった。 「ねぇ、今日野宿?」 少し疲れた声で、サンが言う。 恐らく腹も減っているのだろう。 大体一番近い街までは、徒歩で日中歩きづめ、という間隔である。 たったと歩いていたし、サンは弱音も吐かなかったが…疲れていない訳がない。 「盗む、働く、野宿の3択だ。どうする?」 親指と小指を折って見せながら、レイが言った。 うーんと、サンは考える。 働く体力はない。 盗む気はない。 明日に疲れを引きずる訳にもいかない。 すっかり黙り込んでしまったサンを見て、ため息混じりにレイが呟く。 「…仕方ない、僕が働こう」 「ぇ、でも俺の為に…」 「構わない。大体僕は疲労を感じない体だ。気にすることはない」 遠慮しているサンの横を、何事もないように通り過ぎる。 見上げたところは宿屋だった。 アルバイト募集! という張り紙を見て、レイは戸を開いた。 「今夜一晩泊まりたいが、金が無い…。今晩ここで働きたいんだが…」 「あらっ! 随分可愛いお客さん…じゃあないのね」 カウンターから上半身を乗り出したのは、恐らくこの宿の従業員。 25くらいの、栗毛色の髪の女性だ。 「ふーむ…」 しばらくジロジロと例を眺めると、ぽつりと言った。 「アナタ、何が出来るの?」 「何でも出来るが」 無表情で即答するレイ。 自信満々だなぁと思いながら、サンはそれを傍らで見ていた。 「ふぅん。じゃ、お皿洗いでも頼もうかしらね」 にっと笑って、女性は言う。 「こいつも一緒に泊めてやりたい」 ちらっとサンに目を向け、また彼女に戻した。 「僕は休まなくていい。むしろ夜通し仕事があった方が退屈しなくていいくらいだ」 「…? 変な子ねぇ。じゃ、アナタが夜通し働いてる間に、  そのバンダナの子が寝ればいいわね? でも、大丈夫なの?」 「心配ない。で、仕事は何をすればいい?」 「そうねぇ…じゃあさっき言ったお皿洗い、厨房掃除、ロビーのガラス拭きを  お願いしようかしら。これなら一晩くらいかかるわよね」 そう言い、彼女はくすっと笑った。 恐らく、そんなの出来るわけがないと思っているのだろう。 レイはわずかに、ほんのわずかに不機嫌そうな顔をしたが、すぐ無表情に戻った。 「了解した」 「じゃ、こっちよ」 レイが短く応えると、立ち上がって行くべき場所へ誘導してくれた。 サンが通されたのは、小さな部屋だった。 なかなか固そうなベッド、古びた毛布。 ついでに言うと、部屋自体も何となく小汚かった。 しかしまぁ、寝るに困る訳でもなし。 サンはもっとキツイ状況で寝た事もあるし(というか、その方が多いし)全く問題無い。 じゃあ、と言って、レイと彼女は部屋を後にした。 何だかレイを利用して休んでるようで気がひけるが… まぁレイの方だって俺使って旅するんだし、まぁいいかと思って、遠慮無くベッドに潜った。 少し埃くさい毛布を体に巻き付けるやいなや、サンは寝息を立て始めた。 ちょっとの間、目をつぶっていただけ。 そう思ったが、どうやらそれは違うらしい。 ふと目を開けると、エプロンと三角巾を付けたレイの姿があった。 どうやら朝食の手伝いもしていたらしい。 手にはクロワッサン数個とハム、ゆで卵などの朝食をキチンとトレーに乗せて持っていた。 「起きたか」 まだ目をぱちくりしているサンに、レイの声が降る。 「さっさと朝食を取れ。そうしたらまた、エンプティナへ向かう」 「お、おう!」 がばっと体を起こし、サンはレイが持ってきてくれた食事を食べ始めた。 途中まで食べ、不意に手が止まる。 「…どうした?」 それを見て、レイの青い目がサンの顔を覗き込んだ。 「…レイってさ、ご飯食べたらどうなるの?」 「は?」 「あ、ちょっと疑問に思っただけだよ!」 慌てて言いながら、食事を再開した。 「…食べたり飲んだりするとな…」 気まずそうに食事をしている彼を見て、レイはゆっくりと口を開く。 それを聞き、サンはハッと顔を上げた。 「…吐くんだ」 おぉ。 言葉にするなら、そんな表情。 意外に地味な気もする。 「吐く?」 そのまま言葉を返すサンに、レイは頷いて見せた。 「あぁ。しかも微塵も消化されずに、口内で砕かれた、そのままの状態で出てくる。  どうやら僕は、僕の体は、何かを分泌したり摂取したりが出来ないらしい」 「…てことは、トイレとかは?」 「無論、行かない。そもそも摂取出来ないのに排泄だけしてたら身が持たないだろうが」 この場合、身が持たないという表現もどうかと思ったが。 「いいから、さっさと食べろ」 何か言いたそうなサンに言い、レイはそっぽを向いた。 話したくないのだろうか? そう思い、サンも黙って食べることにした。 やがて食事も済み、宿を後にした。 宿泊代の労働料のおつりを貰うと、意外に袋が重い。 きっと、かなり働いたのだろう。 「サン、今日もまた丸一日くらい歩くと思うが…大丈夫か?」 市場の露天の一つ、刃物の店で二人はしゃがみ込んでいた。 せめて一つ。 何か買わなきゃと見ていたのだ。 「うん、ていうかさ、大丈夫も何も…歩くって言ったら歩くんでしょ?」 向かって右側、かなりの額の剣を半分鞘から抜きながら答える。 「それより、この剣どうかな?」 抜いた刃をレイに見せると、軽く頷いた。 「お兄さん、これ頂戴!」 それを合図に、サンは店のお兄さん…もとい、おじさんに話し掛ける。 「お、お客さんお目が高いねぇ!」 「高いのはお目だけだから、ちょーっとまけて貰えると嬉しいんだけどねー」 値切り始めたサンを見て、レイは立ち上がって土をはたいた。 やれやれ、金なら足りるのに…。 しかしサンにはまだ必要な物があるのだろう。 不死身な訳じゃないし。 少し離れたところで待っていると、サンがにこにこしながらレイに武器を差し出した。 「…?」 「レイが持っててよ!」 「何故だ?」 「だって、レイ強そうだもん」 「…別に強くない。それより、身を守る必要があるお前が持っているべきだろう」 「そっか…」 言うと、付録のベルトを腰に巻き付け始めた。 背中側に剣を携えている。 何だか少し剣が大きくて、駆け出しの剣士の様だ。 それを見て、レイは少し笑った。 「これで良いのかな…? 変じゃない?」 「あぁ」 「なーんか笑ってない?」 「そんなこと無い。…行くぞ」 サンに背を向けると、さっさと北口に向かって行ってしまう。 「待てよ! …もうっ」 その背中を追って走ると、腰の剣が音を立てる。 …あぁ…懐かしいな。 その音と走ってくるサンを見て、レイは思った。 「早くしないと置いていくぞ」 やっと街を出ます、進み遅すぎです(死 次回からバトル入れる予定が狂いまくってます。 た、多分次こそは!! ていうか私、前回書いてるとき5話で何を起こす予定だったのか(死 段々色々明らかになっていく…筈。 これ書き終える自信無くなってきたな…;