ただ走った。 息が切れて、足が重くなって、体力の限界を感じるほど走った。 苦しい。 でも、目の前を走る金髪とベージュのマントの後ろ姿にはそれは感じられず、 何も語らずに走っていた。 もう限界だ…声も出せず、その場に崩れた。 倒れたサンの体は激しく息切れしていたが、上手く酸素を取り入れていないようだ。 顔は赤く、汗だく。彼の金の目は焦点が合っていない。 走りすぎたか…そう思って、来た方向を振り返る。 遥か遠くに城が見える。 追っ手は無いようだ。 というより、この速度でこの距離を走ったら、普通は追いつけない。 もうとっくに見失っている筈だった。 「おい、大丈夫か?」 汗ばんだ頬を叩いてやると、サンはぎゅっと目を閉じた。 それから呼吸を整えると、何とか大丈夫、と答える。 起きあがれるまでとしばらく横になっていたが、唐突に口を開いた。 「やっぱ、外がいいよな! 夜風も気持ちいいし、星も月も見えるし!」 「捕まって半日も経ってないで脱出したのに、よく言う…」 呆れたように返すと、レイはサンの横に座ってマントを外す。 どうするのかと思って見ていると、彼はマントをサンに掛けてくれた。 「ぇ?」 何も言わずに巻かれたマントを見て、間の抜けた声を出す。 「汗が冷えて風邪をひくだろう、被っておけ」 当然のようにそう言うと、彼は立ち上がった。 「あ、ありがと、レイ」 その背中に礼を言い、サンはマントに顔をうずめた。 まだ体が冷めていないので暑苦しいが、レイの心遣いが嬉しかった。 もちろん、サンはそんなことで風邪をひくほどヤワではない。 でも何となく、それを被っていた。 「まずは月明かり、か…」 ぽつりとサンが呟く。 それを聞いて、レイは不思議そうにこちらを向いた。 「お日様の下でレイを見たいって言ったけど、今は月明かりだからね」 「あぁ、そう言う事か…」 そう言うと、青空と称された目で月を見上げる。 「しかし月は太陽光線を反射して光っている…結局はこれも太陽の光だと…」 視線をサンに落とすと、彼は既に金色の目を閉じてマントにくるまり、幸せそうに眠っていた。 警戒心のカケラもないその寝顔を見て、レイは思わず笑ってしまった。 「そろそろ起きたらどうだ?」 その声で目が覚めたのか、目が覚めた直後にその声が聞こえたのかはよく分からない。 ただ、目を開くとレイの顔が間近にあって驚いた。 「おぉ!? おはよう」 あからさまに驚いた声を出すと、サンは勢いよく起きあがった。 「貴様…僕がいる事忘れてたな」 呆れたようにいいながら、落ちたマントを拾い上げて背中に装着する。 それから脱出してきた城の丁度反対側を指さし、言った。 「エリオット…隣の国だ。あそこまで行けば貴様を知ってる奴もいないだろうし、  僕も捕まる心配は薄い…」 「要するに、エリオットに行こうって事だね?」 足に付いた草を払いながらサンが言う。 それを聞いて、レイは頷いた。 「そういうことだ。あまりのんびりしていると、昨日と同じ目に遭うぞ」 「もっと酷いかもね〜」 軽く笑って流すと、すっと息を吸った。 「じゃ、行こっか!」 笑顔で言うと、ぐぐっと背を伸ばして伸びをする。 そして脱出した城に背を向けて、歩き出した。 レイもそれを追う。 遥か遠くに見えるエリオットの城を目指して、2人は歩き出した。 それから半日くらい歩いただろうか。 エリオット城下町の市場が見えてきた。 「ここは…相変わらず賑やかだな」 ぽつりと、恐らく独り言であろう。レイが言った。 「来た事あんの?」 「あぁ、昔…な」 ふと笑って、地面を見ていた視線を前に向ける。 城へと続く商店街…市場のような道。 屋台で色々な物が売られており、非常に賑やかだ。 右も左も商店の道に、一カ所開けた場所があった。 工事現場だ。 木の角材が高くまで立てられ、その上からまた木材を引き上げたり打ち付けたりしている。 3階建てくらいだろうか。 2階が多い中では少しだけ目立っていた。 何となくその光景にサンが目をやると… 「…えっ!?」 びびった。 そこで全体に指示を出しているのは、見覚えのある金髪の女性。 やや高い位置で一つに縛られた、やや長めの髪。 モスグリーンの身ごろに白く大きな襟、そしてその声、間違えようが無かった。 「れ、レイ! 早く行こう!」 その女性の姿を認めるや否や、サンはレイの腕を引っ張った。 どうやら苦手な相手らしい。 しかし大声を出したのが祟ってしまった。 「あれ、…サン?」 工事現場の女性が気付いて振り向いた。 緑の綺麗な目で、かなりの美人だ。 別に怯えるような人ではなさそうだが…しかしサンはレイを盾の様にして、後ろに隠れている。 いくら細身のサンとは言え、レイも細身なので隠れている意味がない。 当然、彼女からも見えていた。 「サンじゃないか、何やってんだこんなトコで! 確か捕まったとかって聞いたけど…」 「…お、お頭…やっぱりか」 のろのろとレイの後ろから出てくる。 無理に笑顔を作ろうとしているが、どうやら本当にこの女性は苦手らしく、明らかにひきつっている。 「何やってんだって聞いてるんだよ!」 彼女の緑色の目がつり上がる。 「ぇー…あっと…脱獄して来ました…」 完璧に目を泳がせながら、サンは弱々しく答えた。 それを聞くと、サンの頬にパン、といい音のビンタが飛んだ。 「捕まったら大人しく盗賊を辞めるっていう約束だっただろうが! このバカ!!  お前は頭なんだぞ! 脱獄なんかして、部下の罪まで重くなったらどうするんだ!」 「す、すみませんっ!」 「私に謝ってどうなる!?」 お説教が始まってしまった。 通りの人たちが引き気味にこちらを見ている。 工事現場の人たちは作業をしながらもこちらの様子を伺っているようだ。 その視線に耐えられなくなったレイは、口をはさむ事にした。 「あの…サンの知り合いか?」 短い沈黙が流れた。 「アンタこそサンの知り合い?」 「あぁ…向こうの国から一緒にここまで来たんだが…」 「そーかそーか、そりゃ世話になったねぇ! コイツやんちゃでしょうがなかっただろ」 あははと、まるで母親か姉のように笑ってレイの肩を叩く。 こういう人なのか、とすぐに理解できた。 「あ、私はサティ。昔ね、サンは私の部下だったんだよ。最近分裂して、サンが頭になって  盗賊団作ったんだ…まだ小さいけど。なのにもう捕まっちゃってねぇ」 呆れた様に言いながら、サンに目を向ける。 サンは軽く苦笑した。 「まぁせっかく来たんだしさ、お茶くらい飲んで行きなよ。泊まる所はあるのかい?」 「あ、忘れてた…」 答えたのはサンだった。 レイにとっては宿泊施設などどうでも良かったのだ。 「全くアンタは本当に無計画だねぇ。取り敢えず今日はここのテントに泊まる?」 サティが向けた視線の先には、随分と汚れた…恐らく元は白だったのであろう、布で出来た ベージュのテントがあった。 「どうする? レイ」 「僕はどうしても構わない」 「…じゃあ、お世話になります、お頭!」 素早くお辞儀をして、サンが言う。 それを聞いて、サティはにっと笑った。 「そうこなくっちゃ! じゃあ夕飯、ちょっとだけ奮発するよ!」 その声に、作業中の人々からも小さく歓喜の声があがった。 「マジっすか!? ありがとうございます!!」 半端なトコですが、前回と同じ長さになったので切ってみる(ぉぃ ていうかこっちの方が長いとか。 サティさん出てきましたー実は高1の時作ったキャラだったり(何 見た目以外設定も性格も全然違いますがね。 名前と姿だけとらせていただきましたわ。 次回はレイの秘密が明らかになる予定。