俺はね、思うんだ。 生きるとか死ぬとか、本当はそんなことはどうでも良くて 今生きてるとか、そういう事はあんまり意識しなくて 楽しかったり苦しかったり悲しかったり幸せだったり そんな感情を感じること、それが生きてるってことなんじゃないかって。 むずかしい事はやっぱり分からないけれど。 ずきずきずきずき。 足がそんな音を立てている…ような気がする。 修行の途中で転んで、右足首を捻挫してしまったのだ。 仕方ないので片足を引きずるような形で歩いている。 転んで、なんて言うとかなりのマヌケに聞こえるけれど、責任転嫁の宛先はちゃんとある。 レイに剣撃で弾かれて、のけぞったところにタイミング悪く、兎が通ったのだ。 そのままじゃ俺の体で押しつぶしてしまうから、咄嗟に足の位置を変えようとした。 でも、そのままじゃまだダメで、これだと今度は手首を痛めてしまう。 更に咄嗟に握ってくれたレイの手が、半端に体を引き上げて……足を石についてしまった。 まぁこんなところだろう。 レイに迷惑を掛けるのも嫌だし、レイも俺に悪いと思っているのか、あまり進もうと無理強いはしない。 治療もしたが、そうそう簡単に痛みが抜ける訳もない。 次の町は、とうとう大陸の最北端だ。 ここから船に乗り、北の大陸に渡る。 そうすれば、もうすぐにエンプティナだ。 サンも、レイまでとはいかないが……大分、剣の腕が上がってきている。 幾度かはレイに勝つこともできた程である。 しかし……2人とも分かっていた。 一人を相手に修行してはいけない、ということ。 人には誰しも、クセというものがある。 レイのタイミングを掴んで、レイの攻撃を掴んで、それに対応できたからといって、純粋にレイより強い訳ではないのである。 ましてや、これからサンが戦わんとしているのは竜である。 人ですらないのだから、攻撃方法も分からない。 つまり、かなりの順応性、見極め、動体視力が必要なのだ。 その場その場で相手を見て戦えなくちゃならない。 サティもダメである。 彼女とサンは盗賊時代によく稽古をしたそうで、お互いの戦闘方法は身に染みている。 しかし、400年前と違って今は、そこらに強い人間が転がっている訳でもなく、 いたとしても関わってくれようとしない。 世知辛い世の中になった、と、レイは苦笑した。 「今日はここら辺で休むか?」 レイが、サンの足を気遣って口を開く。 ここら辺、とはいえ、別に特記することもない草原である。 小さな森があちこちに見えたり、茂みがあったり、せいぜいそれぐらいだ。 もう陽は傾いている。 確かにこれ以上歩いていたら、少々の石などで捻挫が悪化しかねない。 そう考え、サンは「うん」と返事をした。 レイには随分弱々しい声に聞こえたのだろうか。 しゃがみ込んで足に巻いた包帯がわりの布をまき直してくれた。 野宿は、久しぶりだった。 このところずっと宿をとっていたのだ。 相変わらず金が尽きればレイが働いて、サンはその間に休む。 別にレイは何も言いはしなかったが、サンは多少心配だった。 肉体的疲労のない体、というのが想像出来なかったのである。 それに、肉体は疲れていなかったっとしても精神が疲れるんじゃないかとか、 そう思うと、起きたときにレイの顔を見るのが申し訳なかった。 ……だから、野宿は気が楽だった。 サンはそんな風に考える自分を、ちょっと成長したのかな、等と考えている。 それともレイのそういう所が少しうつったのかも知れない。 怪我をしているせいか、何だか妙に眠い。 レイは「メシが出来るまで寝てろ」と言い、例によってマントをかしてくれた。 そしてレイが黙々と準備を進めている間、サンは草の上で寝ることになったのだった。 眠るまでの少しの間、サンはサティから貰った石のペンダントを見つめていた。 エメラルドグリンに輝くその石は、わずかに夕陽と草の色を映している。 マントを被って寝ころびながら一通り眺めると、何故か胸が苦しくなった。 石を握り、その手を胸に当てて、サンは身を縮める。 ……不安なのだ。 ここまで来てしまっては、もう後に退けない。 でも、まだ退ける所にはいる。いや、きっと不安だと言えば撤退を許可してくれるだろう。 しかし、それも嫌なのだ。 約束したからでもない、怖じ気づくのが情けないからでもない。 レイを助けるのは自分以外に考えられない、サンは無意識の内に、そう感じてしまっていた。 そこに死ぬかも知れない恐怖感が伴って板挟み状態になり、言いようのない不安に駆られてしまったのである。 昔のことを思い出しながら、サンは金色の目を閉じた。 夢なのか思い出の風景なのかは分からない。 そこにはサティがいた。 ぼろぼろ泣いてこっちを見下ろして、何か喚いている。 上から顔をのぞき込む様な格好であることを考慮すると、どうやら抱きかかえられているようだ。 泣き顔を見るのは好きじゃない。こっちまで悲しくなってくる。 そんなに泣かないで、と言って涙を拭ってやろうとしたが、手が上がらない。 それでやっと思い出した。 これは、盗みに出て瀕死の重傷を負った時の思い出なのだ。 思い出せば、サティの声も聞き取れる。 ――サン! 死んじゃだめだ! ――私を置いて行かないで! もう一人になんてしないで! 悲痛な叫びだった。 大丈夫だから、そう言ってやりたかった。 もらい泣きなのか、気絶する時に涙腺が弛緩したのか、サンはボロッと涙を流した。 頬が痒い。 その感想を得た頃、ふとレイの声が聞こえた。 「できたぞ」 「……ああ、ありがと」 「何だ、泣いてるのか?」 どうやら頬が痒かったのは、思い出の中の事だけでは無かったらしい。 あ、と言いながら自分の頬に触れると、わずかに濡れていた。 「あ、ほら。寝てる時に何か涙が出ることってな……かった?」 ない? と言おうとして改める。 涙どころか睡眠すらとれないのだ、この少年は。 「あれか」 どうやらあったらしい。これで誤魔化せる、と内心ホッとした。 起きあがりながら、石を握る手を開く。 石に触れていた部分が赤く跡になっていた。 サンは、レイのよそった夕食を黙々と食べる。 と、不意にぼそっと呟いた。 「…お頭、どうしてるかな」 あまりに唐突な内容だったからか、レイは少し驚いた風だ。 少し間を置き。 「その石で連絡が取れると言ってなかったか?」 そう返してきた。 サンは、そんな事は百も承知だった。 盗賊時代にずっと使い続けていた石である。 でもサンは、敢えてサティと連絡を取らなかったのだ。 決心が、鈍ってしまうような気がして。 「……うん」 サンの顔を見て、レイは何かを察したようだった。 しかし、レイは何も言わない。 甘えても良いんだぞ、と、そう言いたかったが…… きっとその言葉は、サンのプライドとか、そういうものを傷つけてしまうから。 いつもより少し静かな夕食を終え、サンは再び就寝、 レイは見飽きた筈の夜空を眺めていた。 そして、ふとサンに目線を移す。 胸元から草地に転がっているエメラルドグリンの石。 大した光もないのに、見事なまでの透明感を保つ石。 きっと、魔石なのだと思う。 もっぱら剣術ばかりだったレイは、そういった類の物は使った事がなかった。 しかし、いつだったか国王であり、親友であったシェナに言われて文献を読んだ事がある。 炎の魔法を使える石、水の魔法を使える石、瞬間移動の石、会話ができる石。 そういう便利な、しかし少々ややこしい物があるということ。 そしてその使い方も、シェナは随分と執拗に教えてくれた。 実践は、しなかったのだが。 サンの眠りは、決して浅い方ではない。 「………」 レイは、サンの首に手を回し……ペンダントの革ひもをほどいた。 起こさないようにそれを手にする。 自分が何をしたいかは分かっていた。 しかし、それをしていいものかどうかは……。 でも。 陽は、もう随分高くまで上がっている。 いい加減サンを起こさないと熱中症にでもなってしまいそうだ。 マントをしっかりと被っているので、日射病ではないだろう。 「…そろそろ起こすか」 レイがそう呟きながら屈むと、細い腕がそれを遮る。 「サーン、そろそろ起きな! もう昼になっちまうよ!」 その腕はそのままサンの布団……否、レイのマントをひっぺがす。 やっと目を醒ましたサンは、しばし硬直したのち、目を丸くした。 「……お頭!?」 「おはよ」 「あ、おはようございます……って、何でいるの!?」 レイは知らぬ振りをしながらマントを装着している。 お頭と呼ばれた女性、金髪に緑の瞳の彼女は、お得意のニッという笑顔を作る。 「一緒に行こ!」 合流です。 別にいつ合流しても良かったんですが、そろそろストーリー展開をつける為にも 合流させていいかなぁ、と思ったので。 ちなみにサティはこの後も、合流したり離れたりを繰り返す予定です。