白を纏った朝日に苛立ちを覚える。 自分の歩みさえも酷くぎこちない様な気がする。 きっとそれなりに爽やかな朝の空気の元で 町の人々は幸せそうに過ごしていた。 彼らは今、何を考えているのだろう、 本当に幸せなのだろうか。 視界の端に残る色とりどりの花が、少し印象的だ。 早足で歩くレイの視線の先には、昨日の広場がある。 広場の中央には、これまた円形の花壇。 その周囲には幾つかの露店が出ていた。 薄桃色の花の前に、昨日の少女の姿が見える。 今日は白いワンピースで、襟元、袖口、裾に赤いチロリアンテープが付いているようだ。 髪は、それと似たようなリボンで2つにくくられていた。 一応お詫びを、そう思い、レイは少女に近づいた。 少女もこちらに気づいたようだ。 「昨日はすまなかった」 充分声が届く距離まで近づくと、レイは言った。 それを聞いてまた、光の無い目で見返す少女。 「昨日、バンダナの人にも言われた」 サンか、そう思うと同時に少し胸が痛む。 ついていてあげるべきだったのかも知れない、と。 「あの後サンと会ったのか」 「サン?」 「そのバンダナの少年の名だ」 見た目同い年なのに、少年と言ってしまったことを少し気にしたが、少女は何も言わなかった。 「会ったわ。少し話したの」 それを聞いて、わずかに目を見開くレイ。 だとしたら、まず間違いなくサンの考え事の内容はこれだ。 「何を話した」 思わず少女の肩を掴み…慌てて放した。 落ち着けと自分に言い聞かせる。 少女はふと花壇の花に目を落とし…それから空を見上げてから言った。 「どうして殺してくれなかったの? っていう話」 その発言に、レイは嫌な寒気を覚える。 こんな少女が… 「死にたいのか…?」 「サンって人と同じ事言うのね」 「並の答えだ」 「生きてても疲れるだけで、楽しくないから」 サラリと言ってのける。 なるほど、サンとは意見が合いそうにない。 そして自分は、少女の気持ちはよく分かる。 「しかし…君は死ねる」 マントの胸元を握り、レイは言う。 「…それ、何なの? 昨日サンって人も、私に死ねないの? って訊いてきたわ」 サンには、生きるのが辛いという観念が無い。 無い物ねだりと同じように、死ねなければ死にたくなるという風にしか考えられないのだろう。 その考えが間違っているとは言えないが。 レイが黙っていると、少女は話題を変えた。 「あなたなら私の気持ち、分かりそう。何だか似てる」 …ああ、サンにもそう見えたんだろう。 この少女の目は、確かに僕に似ている。 …いや… 「ああ、分かる」 「やっぱり」 「しかし違うな、僕と君は『似ていた』」 今は違うから。 僕は変わったつもりだから。 「見方を変えてみろ、つまらないと思うからつまらないのかも知れない。  楽しいと思える見方をすれば」 「勝手なこと言わないで」 レイが言い終わる前に、少女の声が割ってはいる。 泣きそうな声で。 「楽しいと思えるなんて…全部の辛い事が、楽しい方向から見られる訳ないじゃない!」 涙のせいだろうか、少女の目が輝いて見える。 それとも、自分の中の激情をぶちまけているせいかもしれない。 朝の広場はそれなりに人が居て…流石に喚いている少女と話をするには少々気まずい。 「夕方、町の北門でまた会おう」 昼下がりになって、サンは浅い眠りから覚めた。 少しふらふらする頭にバンダナを結わえながら、もしかしたら本当に 少し体調が悪かったのかも知れないと寝ぼけ頭で思う。 ふと扉の方を見て、散歩に出掛けたレイの後ろ姿を思い出す。 しかし、やっぱりレイに相談する気にはなれなかった。 ぼんやりと、今朝早くに見た夢を思い出す。 もしもレイがあの少女と話をしたら、あの夢と同じ展開が待っているのだろうか。 散歩に出ているレイは、あの子に会ってしまっていないだろうか。 あの夢と同じ事が起こった場合、俺はレイを止められるだろうか。 そう不安に思っていた時だった。 足音が近づいてきて、ドアを開き… 長い金髪の少年…レイが戻ってきた。 一人で町をうろついていても、間が持たなかったのだろう。 「起きたのか」 「うん」 短い会話の後、レイは窓辺に行き…そこから見える道を見下ろした。 それからほんの少しの間をおき。 「昨日の少女に会った」 レイの言葉に、サンは寒気を覚える。 ああ、どうしてこう嫌な考えって当たるんだろう。 「あ…そう」 何とか返せた言葉はそれだけで、自分でも物凄くどうでも良さそうに聞こえる返事だと思った。 それでもレイには、動じていることはばれていた。 「夕方、北門で会う約束をした」 「………俺も…」 「来るか?」 少し笑んで、レイは言う。 それでもサンに、その優しげな表情を認識する余裕は無かった。 サンには、レイの感情は分かっても思考回路は分からない。 俺が止めなくちゃ、その思いだけで、サンは答える。 「行く」 「ねぇ、レイ」 「何だ」 「あの子と、何の話をしたの? これから何の話をするつもり?」 北門に向かいながら、不安を抑えきれずにサンが言う。 「お前に話す必要性は?」 「ない…けど…」 誰が誰と何を話そうとも勝手な筈だけど… 今回は、俺の勘が正しければ人命がかかってる。 友達が人を殺すとなったら… サンが口ごもっていると、レイは進行方向を見たまま答える。 「命の話だ」 その言葉で、サンが硬直する。 1歩2歩と進んでいく、金の髪にベージュの後ろ姿。 少しして、硬直が解けきらない様子で口を開いた。 「話だけ…だよね? 何もしないよね?」 その声にレイは立ち止まり「さぁ?」とだけ。 美しい夕焼けが、やけに恐ろしい。 血の色とはほど遠いが、そういう物を連想させる。 …しっかりしなきゃ。 そう思い直し、歩き出した前の後ろ姿を追う。 やがて、北門に寄りかかる少女をみつけた。 「待たせたな」 何という事もない、いつものレイの声。 「ううん…それより」 少女の目線がサンをとらえる。 何故だかぎくりと身を引くサン。 来たんだ と言いたげな目だった。 どちらかと言えば、非難寄りの。 レイは少女に歩み寄り、目線が近くなるようにと膝を落とす。 肩に手を載せる瞬間でさえも、サンにとっては恐ろしい。 レイは少女をもう一度見て、覚悟を決めた。 きっとこの子は僕を恐れるだろう。でも… 次の瞬間、レイは少女を抱きしめた。 抱き寄せた、という方が正しいかも知れない。 殺すつもりは…ないようだ。 そして彼は口を開く。 「僕は…死ねない」 「え…」 少女の声とサンの声が重なる。 問題発言に目を見開く少女は、レイの腕の中で少しもがいた。 恐れ、離れようとしたのだろう。 しかしレイは放さなかった。 そして言葉を続ける。 「だけど僕はもう死んでいる、僕はこれからサンと一緒に”生き”に行くんだ  君は今、死ぬことが出来る。でも、だからこそ生きてくれ。僕の分まで」 レイの声はとても小さくて、サンには聞こえなかった。 何か言っているのは分かったが、聞き取れない。 少女はレイの金髪を見つめて考える。 死ねない人が、私に自分の分まで生きろと言っている。 生きているのに死んでいると言う。 生きに行くって何? …でも。 きっとこれは、凄く深い言葉。 これがこの人の願いならば。 「うん」 少女も小さく答える。 その目には、わずかな光があった。 涙ではない、生命力に近いものが。 「……で?」 その帰り道、サンは毒気たっぷりに切り出した。 「何だか分かんないけど、あの子を説得したんだよね?」 あの後、あの少女はといえば…何故か赤面した顔を、2人に見られないように走り去った。 何か礼を言うでもなく。 サンとしては結果的に安心したのだが、どうにも腑に落ちなかった。 というよりも、気合いが空回りしてしまって、もう何処にそれを当てたらいいのか分からないようだ。 「…お前は。僕が話し合い以外の一体何をすると思ってたんだ。  いつも修行で剣を振り回しているからって、まさか戦うとでも思ってたのか?  あんな小さな女の子を相手に」 まさか、とサンは返す。 「でもね、殺しちゃうかなーとは思ってた。だからそうなったら止めなきゃって思ってついてきたんだ」 それを聞いたレイは、驚いたような、呆れたような顔をして言った。 「何で」 「いや何でって…」 レイから目線を外して、言いにくそうにしながらもサンは言う。 「レイは生きるのが嫌っていう、あの子の気持ち分かるみたいだったから…」 「あのな…」 更に呆れた顔をして、レイは追い打ちをかけるように続けた。 「そうしたら僕は、悲しみに暮れる人や人生に疲れてる人全員を殺す人みたいじゃないか。  不死身の人間でそういう奴がいるなら殺してやりたいが…まぁ無理だが。  でも、生きるべくして生きている人間は殺したくないし、そんなこと考え付きもしなかった」 僕はそこまで悪趣味じゃないぞ と付け足す。 言われてみてサンは、どうして自分がそんな風に考えてしまったのかを疑問に思った。 自分が死にたいからって似たような考えの人まで殺すなんて、どうかしている。 「それより」 暫く黙って歩いていたレイが、唐突に口を開く。 「何故昨日の内に僕に相談してくれなかった? あの少女のことで悩んでたんだろう?」 サンは狼狽した。 今となっては相談しない理由がない。 「いや、だからあの子と同じ考えだと思ったから…」 「殺すと思ったとか言うんじゃないだろうな」 「ううん、違う…そうだと思うんだけど、何か違う」 サンは首を横に振る。 何が違うんだ、という目で見つめるレイ。 それに若干のプレッシャーを感じながらも、妙な感覚を何とか文章化しようと努めるサン。 サンは本当に長い間考え込んだ。 宿に戻ってもまだ考えていたのだから、レイは少々呆れた。 「ああ」 日付が変わろうかという頃になり、ベッドの上で座っていたサンが、ようやくその答えを紡ぎ出した。 「レイがね、戻っちゃうと思った……んだと思う」 戻るというのは恐らく、レイが地下牢にいた頃のことだろう。 レイはやっと、ああ、と納得した声を出した。 サンの目から見ても自分は変化しているんだ、と思うと、どことなく安心できた。 常に変化し続けるこの世界にとけ込める気がして。 あああ、ちょっと長くなってしまった…! 何というか、大した喧嘩にならなかったのが心残りです。 しかし今の段階ではコレが限界なような気も…! もっと怒鳴り合いの喧嘩とか書きたいですね。 フト気づけば、段々と宿泊期間が伸びてます。 2泊3日以上はしてますよね、コレ。 ちゃんとやりなさいな、レイ君。