透き通った、目に痛くも感じる青い空 1羽の白い鳥が、眩しい光を遮った。 空を、眺めていた。 魂を運ぶと言われている、鳥。 それを何となく掴みたくて、青い空に手を伸ばした。 暗い、じっとりとした牢の中で、少年は目を開いた。 もたれた石の壁の上の方から、わずかに明るい光が見える。 光は通路を照らし、少年の髪や目は照らしてはくれなかった。  地下牢。 無期懲役と、この城の地下に入れられてからどれくらいたっただろうか。 もう、全てがどうでも良くなっていた。 全てと関係が無くなったのだから、それは当然なのかも知れない。 見る事も聞く事も、喋る事も忘れていた。 求める物もない。 時間が過ぎても、何も変わることはないのだから。 「放せよオッサン!! 話せばわかるって、な?」 かん高い声がして、暴れる影が正面の牢の柵に映った。 新しい囚人とみて、まず間違いないだろう。 もっとも、少年には関係のないことだが。 「大人しくしろっ!」 監守の声が響く。 その声と同時、牢の戸が開いた。 緑色の背中と、赤いバンダナを巻いた青い髪が、少年の足元に倒れる。 「いてぇよアホがっ!! もっと丁寧に扱えー!」 拳を上げるが、時既に遅し。 監守は慣れたようにガシャンと扉を閉め、鍵を掛けて去っていった。 「こんなトコ、ぜってぇ脱獄してやるからなー!」 ガンと格子を蹴りながら、新しい囚人は叫んだ。 聞きたく無くとも入ってくる、相当な大声だ。 「…うるさいぞ」 少年は久しぶりに口を開いた。 するとその囚人は驚いた様にびくっと動き、振り向く。 「びっくりしたぁ…いたの?」 金色の目の子供だった。 少し生意気そうな、しかししっかりしていそうな少年。 体はやや細身だが、力はありそうだった。 影になった所に座り、あんな騒ぎでも身動きひとつしなかったせいか、全く気付いていなかったようだ。 囚人は少年の前でしゃがみ、じろじろと見始めた。 「牢屋で同室ってあるもんなんだなぁ…それともこの城、牢屋少ないのかなぁ…」 何だか間の抜けたことを呟きながら、少年を観察し続ける。 「俺はサンっていうんだー。ちっちゃい盗賊団の頭で、うっかり捕まっちゃってさぁ…」 にこにこ笑いながら自己紹介まで始めた。 状況が全く分かっていないようだ。 少年は嫌々ながらも、少し顔を上げた。 それから、少年を見た。 「わぁ、綺麗な目だね! 青空みたいだ! 髪も綺麗な金髪…」 「うるさいと言っている」 サンという少年の言葉を遮り、顔を背けながら繰り返す。 それを聞いて、サンは目の前で床に尻を付けてあぐらを組んだ。 「いいじゃん、褒めてるんだから照れずに言われろよー。で、君は何て名前?」 サンはめげない。 答える必要はない、言おうとし、はっとした。 相手の言った事に対して考える、それを随分振りにした。 ましてや言おうとするなんて、それこそいつ振りか見当もつかない。 「…レイだ」 反射的に答えた自分の名。 その音が懐かしかった。 「レイ君だねー? じゃ、これからヨロシク、レイ♪」 いきなり呼び捨てか、馴れ馴れしい。 そう思いはしたが、嫌な気はしなかった。 「聞いてたと思うけど、今夜あたり脱獄するから手伝っておくれー」 「今夜だと? そんな急に出来るわけないだろう」 「はっはっはぁ、盗賊サン君を侮ってはいけないねー。ここに取り出しましたるは、調合済み爆薬♪」 そう言った彼の手には小さな玉。 ご丁寧に爆弾マークまで描いてある。 どうやらバンダナから出したようだ。 「コレひとつで岩をも砕くパワーがありますぜ。しかも超コンパクトで脱獄にはもってこい♪」 押し売りの様な文句を並べると、サンは上の窓を指さした。 「あの格子辺りを爆破して、そんで一緒に逃げようぜ!」 「何で僕まで…」 「ここに居たいならいいけどさー、ここに居てもつまんないだろ? レイつまんなさそうだもん。  それにさ、お日様の下でレイ見てみたいしさ!」 楽しそうに微笑む。 一緒に連れて行くだと? 行ってどうなる。 どうせ、いつかは…。 夜中。 ごく弱い月明かりの元で、脱獄は開始された。 サンが背伸びをして、爆弾をセット。 爆発したら速攻逃げるという、何ともひねりのないシナリオだ。 「さぁて、点火点火ー♪」 「待て」 楽しそうに火打ち石を取り出すサンを見て、レイが呟いた。 「岩をも砕く爆弾をこの狭い中で爆発させて、無事ですむと思っているのか?」 わずかな沈黙が通り過ぎる。 「は、早くそれ言えよなー!! 危うく大けがするところだったぁ!」 それを聞き、ため息を漏らす。 「そんなことは爆弾作った時にでも考えるだろう、どれくらいの距離でどれくらいの怪我をするか…」 しかし、サンは考えていなかったのである。 いわゆるバカだ。 「じゃあ脱獄どうしよう〜」 火打ち石を持ったままサンは硬直していたが、そこでレイが思いもよらないことを言った。 「僕が盾になる。連れて行くと言った以上、約束は守ってもらおう」 もちろん、彼は外に行きたいと欲している訳ではなかった。 サンを逃がすための口実だ。 「でも、そんなことしたらレイが怪我じゃ済まないよ!」 「そちらこそ、僕を侮るな。僕は怪我もしなければ、死ぬ事もない」 サンを格子に押しつけ、レイが着火の準備をする。 その口調はごく平坦で、嘘か本当か、見抜く事が出来なかった。 そうこうしているうちに、レイは素早く着火を終えた。 扉側の格子を掴んでサンを覆う。 次の瞬間、凄まじい音がして、牢の壁と窓の格子が吹き飛んだ。 恐らく十数秒後には、監守が駆けつける。 それまでに脱出し、出来る限り城から離れなければならない。 砕けた岩がガツガツと格子に当たるが、レイは平然としていた。 背中に大量の岩や格子の破片、更には爆風も当たっている筈だが…そんな様子もない。 まるで透明な壁が彼を守っているかのようだった。 無論、そういった類はサンにも当たらなかった。 「行くぞ」 そう言って、レイは抉れた壁を登り始める。 サンもその背中を追った。 もう監守の足音も近づいてきている。 もたもたしている暇は無かった。 窓があった部分から飛び出すと、2人はひたすら暗い庭園を走った。 サンは逃げ足が速いのは当然として、レイも同じくらい速い。 並の兵では追って来れないような速度で、2人は城壁まで一気に駆け抜けた。 城内からは大きな笛の音が聞こえ、明るい松明を持った兵達が10人程出てきた。 「さすがに分が悪いねぇ。レイ、この壁越えられる?」 わずかに息を切らしながら、サンは城壁を指す。 壁はゆうに4メートル以上ある。 普通に考えて、無理だ。 サンとしても、助走をつけて壁を数歩走り、踏み切ってどうかという所である。 足が速いのは分かったが、見た感じレイは細く、身軽そうではあった。 しかしそういったパワーを持ち合わせているかどうかは不安だ。 レイは壁を見つめ、少し考えた後で、唐突に3メートルほど後ろに下がった。 それから助走をしたかと思うと、軽々と城壁を飛び越えてしまった。 彼の纏っていたベージュのマントが翻る。 サンは驚いて目を丸くしたが、自分の登れる方法で、すぐに後を追った。 松明で明るくなった城を背にし、2人はまた、走り出した。 むかーし考えた漫画の小説バージョンだとか。 かなり温存してたネタだなぁ…最近の小説にあちこち反映されちゃってるけど(死 サンの目の色、すごいくだらん理由があったけど…後々書けるといいなぁ。 ていうかこの話の主人公はどっちだ…; 一応設定ではサンだったんだけどねぇ。流れ的にレイっぽいかも。