嘘だ。 「出会いの数だけ別れがある」なんて 嘘だ。 サンがそれに気付いたのは、まだサティの盗賊団にいた頃のことだった。 両親が他界し、長く一緒にいた恋人も亡くしてしまったお頭。 彼女はただただ泣き続けていた。 もう私は1人なのだと。 大切な人はみんないなくなってしまうのだと。 私を1人残して と。 サンは、それが悲しくて仕方がなかった。 いつだって明るくて、サバサバしていてしっかり者のお頭がそんな風に泣くなんて。 テントの外の、湿気の多い夜の空気の中で、うずくまって。 涙を流し、嗚咽を噛み殺し。 落ち着いたと思っても、また何かを思い出したのか、頭を抱えて泣き始める。 お頭にばれないよう、テントの影からそれを見ていた。 かける言葉も見つからなくて、ただ見ているしかできなかった。 時折こぼれるその言葉が聞こえてくる。 あまりにも悲痛で、そして…… 失礼だと 思った。 「どうせいつかは別れる時が来る」 レイはぼつりとそう呟いた。 避けられるのを恐れていただけじゃない、それ以上に別れが怖いのだと。 ふと、そう漏らした。 「出会いの数だけ別れがある。ならば出会わなければ傷つかない」 そういう理屈、らしい。 「そして最後には1人になる」 草原にあった天然の椅子に腰掛け、レイは言った。 焚き火の木が爆ぜて、レイの瞳に映る炎が揺れる。 ありえない事だとは分かっているが、目に涙を溜めて潤ませているように見えた。 それは、炎のせいだけではないだろう。 サンには、レイの理屈は分からない。 いつかのサティの理屈も分からない。 彼らは「同じ物」を持っているのだろう。 サンは、それを持ってはいなかった。 『俺が居るよ』 昔サティに言った言葉と寸分違わぬ言葉を吐く。 ねぇ、俺がいるから。 そんな悲しい顔をしないで欲しい。 俺まで悲しくなるから。 「ねぇ、俺は大切じゃないの? 団のみんなは?」 ついに耐えられなくなったサンは、サティの肩を掴んで揺する。 「お頭は1人じゃないよ、みんないる。  今は悲しいかも知れないけど、それはずっと悲しいかもしれないけど  でも、みんなと冗談言って笑える日が必ず来るから……」 サティは肩を揺さぶられて、サンの顔を見た。 暗闇でも少し目立つ、金色の瞳。 もらい泣きをしたのだろうか、そこから大粒の涙がこぼれている。 …私の為に泣いてくれたんだ。 …死んだ彼の為じゃなく、私のために。 …こんな、小さな子が。 サティの肩を持つ手も震えている。 彼女は目の前の少年に何か暖かい物を見つけ、思わず抱き締めてしまった。 少年は何とか彼女を抱き留め、あやすようにゆっくりと背中を叩く。 「勝手なこと言ってごめん……悲しいよね」 サティは、そのまま黙って泣き続けていた。 …夜が明けたら眠ろう。 …そして起きたら、もう泣くのはやめよう。 …私には、みんながいる。 …彼だって、私が居る限り私の中にいるんだ。 我ながら、何て陳腐な立ち直り方だろう。 彼は、いない。 両親もいない。 その事実は変わらないのに。 …そうだよね、またみんなで笑える時が来るよね。 その暖かい未来の現実が、サティの悲しい事実を上回った。 「お前だっていつかは死ぬだろう」 「僕は、このままじゃ死ねない」 そりゃあ、俺は死ぬだろう。 でもね、俺が死んでもレイは1人じゃない。 「出会いの数だけ別れの数がくるのは――」 「出会いを諦めた人だけだよ」 それが、俺の紡ぎ出した真実。 それが、俺の生きる糧。 だって、出会いの数はいつだって別れの数より多くなる。 出会わなければ別れはないのだから。 出会いは恐怖じゃない、希望なんだよ。 別れが怖くて悲しいのは、俺にだって分かるけど。 でも、だって、それ以上に……。 ふっと、レイの空色の瞳が澄んだ。 はっとした表情。 今は俺やお頭がいる。 だから、レイは1人じゃない。 もし俺がしくじって、レイがまだまだ生きることになっちゃっても 俺が死ぬまでは、レイは1人じゃない。 俺が死んでも、それまでに出会った人がいる限り、レイは1人じゃない。 それは誰にとっても同じ事で、希望と取るか絶望と取るかは人それぞれなんだろう。 だから、どうかせめて。 レイは希望ととりますように。 その方が幸せだから。 ひっさしぶりにこいつらの小説を書きました。 「出会いの数だけ別れがある」とのたまってる奴に言ってやりたい。 「出会いの数≧別れの数」なんだと。 それをイコールにしてしまうかどうかはその人次第だと思うのです。 果たして戯れ言なのでしょうか。 自分が死んだらイコールになってしまうのだと言い返されるのでしょうか。