だったらどうして、お前は僕に託したんだ。 どうして僕は引き受けたんだ。 どうして油断してしまったんだ。 どうして死を受け入れられなかったんだ。 どうして愛してしまったんだ。 どうしてお前は、何も言わなかったんだ… 「分かってたんだろ、本当は、全部」 空虚な感情は、やがて絶望を生んだ。 絶望はやがて、深い悲しみを生んだ。 悲しみはやがて、果て無き怒りを生んだ。 どうやら、幸い心も死んではいないらしい。 不死の体、不死の心。 それは死んでいることと変わらないという事に気付くのに、そう時間はかからなかった。 終わりのない命は命ではなかったのだ。 エンプティナで未来を考えてみたが、そこに希望は見いだせなかった。 大切なものを失う恐怖感だけが、未来にはあった。 今歩いているのは、エリオットの城下町。 もうすぐシェナの城につくだろう…半日もあれば。 彼に…僕をこんな身にする引き金に、真っ先に指をかけた彼に会ったら、どうしてやろう… 有無を言わさず殺すか、同じ目に遭わせるか、僕よりも先に、大切なものを失わせてやるか… 彼にとってはどれが一番苦しいものなのかは分からない。 きっと顔を見たら、僕はどれかを行動に移すだろう。 城門をくぐり、玉座のある謁見の間に入る。 暗い群青の絨毯が、憎い王へと伸びている。 その先に居るシェナは、僕の姿を認めるなり身を乗り出した。 美しい碧の目は、喜色に輝いている。 かすかに波打つ絹のような金髪は、今日は後ろで一括りにされていた。 「レイ! 無事だったのか…竜は!?」 玉座から降りて駆け寄ってきた。 僕はどう動くのだろう? 考えていると、自然と右腕が前に突き出された。 目の前まで来たシェナの胸ぐらを掴む…が、シェナの側近は動かなかった。 久しぶりに会った親友同士だ、ただちょっかいを出しているだけだと思っているらしい。 僕に警戒するどころか、わずかな笑みさえ浮かべている。 「…レイ? どうした?」 シェナの顔も見ずに手を放さない僕を不審に思ったのか、シェナは声を落として訊いてきた。 その優しげな声を聞き、何かが切れた。 体が震えだして、僕の一存では止まらなかった。 もしかしたら、泣いているつもりだったのかも知れない。 「僕は…死ねない体になってしまった…っ」 それだけの言葉を絞り出すと同時に、シェナを突き放し、勢いで剣を… 聖剣ではなく、自分の愛刀を抜いた。 それを視認するや否や、シェナの方も剣を抜く。 が、それは反射的なものだけで…今は掛かってくる様子はない。 「・・・・・・・・」 剣を構えたままの状態で、沈黙が続く。 少し緩んだ手を、剣の柄に握り直させて、シェナは言った。 「それで、オレを殺すのか」 静まりかえった謁見の間に、その声は響き渡った。 「ああ、…お前のせいだ、何もかも!!」 側近や兵が、やっと動いた。 しかし遅い、既に親友である二人の戦いも始まってしまっている。 兵からの攻撃は、レイに当たる直前にすべて跳ね返された。 それを見て、シェナは僅かに絶望の色を浮かべた。 そして、声を張り上げる。 「手を出すな! これは私とレイの問題だ…私闘に手出しは無用!!」 しかし、と言いかけた側近も、シェナのひと睨みで下がった。 「レイ、オレも死にたい訳じゃない…全力でいかせてもらう」 「馬鹿な、僕は死なないんだ」 しばらくの間、金属音が部屋にこだました。 無論僕は無傷で…シェナが一方的に怪我をし続けた。 しかしシェナの剣の腕は僕とトントンで、決着は疲労が決めることになる。 「さよならだ」 突きがシェナの胸に突き刺さる。 丁度ろっ骨の間をとらえた剣は、位置を見るに、心臓を貫通した。 敢えて剣を抜かずに、そのまま手放す。 死に際に何か、くだらない戯れ言を言うかも知れないと期待したからだ。 しかし、その期待は見事に裏切られた。 「レイ…お前に、最悪の罰を。無期懲役を」 憎々しげな表情でそれだけ言うと、恨みの顔のまま、シェナは死んだ。 僕は、黙って剣を抜いた。 忠実に王の命令を守った兵達が、何の抵抗もしない僕を捕らえ…地下牢に入れた。 そこで、僕は1人で考えた。 どうしてシェナは、何も言わなかったのだろう。 言いたいことや、言えることはいくらでもある筈だった。 謝罪とか、慰めとか、労いの言葉とか、自虐の言葉等々。 でも、シェナは何も言わなかった。 もっとも悲しい表情で死んでいった。 今なら、分かる。 正しい記憶を取り戻した今なら、シェナの気持ちがよく分かった。 ここで謝罪や慰めを言ったところで、どうにもならないことが彼には分かっていたのだろう。 シェナはとても頭の良い男だったから、死ねない苦しみもきっと分かっていた。 とても優しい男だったから、せめて心を殺さずに生きられるようにと、何も言わなかった。 怒りや恨みの感情を、シェナひとりに向け続けることができれば… 最悪の罰を与えて、他人との別れを避けられるようにと配慮してくれた。 僕に恨みの感情を与える事が、彼の最後の優しさだった。 決して、不器用な訳ではなく。 僕が地下牢にいる間に、最愛のユリも死んだ。 たまに、面会の時間を与えられた。 僕に同情した監守が、勝手にやっていたことで…シェナの意見は無視されていただろう。 会うたびに老いていくユリを見るのは辛かった。 普段している表情なのだろう、見る度に深く、悲しみがきざまれていく。 しわの形で分かる、泣いているのだ。 目も死んでいた…それはきっと僕もだろう。 若いまま、僕はしわが刻まれる事すらなく、気が付けば数十年が当たり前に経過していた。 その間、監守は2度変わったが、ユリに会わせてくれていた。 しかし、ある面会を境にパタリと面会は無くなった。 不思議なことでもなかったし、僕から見える、地下牢という小さな世界だけでも、ある程度の年月の経過は予測可能だ。 亡くなったんだ、と分かった。 彼女は幸せではなかっただろう。 僕がいたのに。 いや、きっと…僕が居たから。 入れ替わり立ち替わり入ってくる、新しい囚人達。 時に、気が合う者も居た。 しかし彼らも、ある者は刑期が終われば、ある者は死刑が決まれば、あるものは死ねば、別れることになる。 それは当然のことだ。 僕以外に、不死身の者は捕らえられなかったのだから。 出会いがあれば別れがある。 ならばいっそ、出会いから絶てばいい。 そうすれば悲しまなくてすむのだから、傷つかなくて済むのだから。 そう難しい事じゃない、慣れればこっちの方が楽なくらいだ。 相手の顔色も見なくて済むし… ……… 「そうやって言い訳して、心が死んでいったんだな」 ふと、また占い師の言葉がレイの頭をよぎった。 目を開き、白んだ空の遥か上空に橙の星…恐らく惑星が見える。 気が付けば、現実に引き戻されていた。 水差しは朝日を集め、机にひときわ明るい光を投げかけている。 レイは起きあがり、窓辺に歩を進めた。 どうやら今日は風が強いようだ。 外の木々が揺れているし、雲の流れも速い。 何より、時折風が窓を打つ音がする。 風に当たろうか、そう考えたが、サンが目を覚ましたら悪い。 一つ上のフロアにある、ロビー横のバルコニーまで行こう。 当然だが、そこに人はいなかった。 ただ、通る廊下のドアの向こうには、確かな人の気配というか、温もりを感じた。 バルコニーで風に当たりながら、レイは思った。 こうして人を気遣うのも悪くないと。 それが優しさなのか、自分が嫌われたくないから、という思いなのかは分からないが。 きっと、自然にそれを思う気持ちはどちらでもない。 相手の心が健やかでいて欲しいと、無意識下で願う何かだ。 今のレイは、そう思いたかった。 シェナが僕を思ってくれたように、ユリが僕の為に泣いてくれたように。 いかに切なくなろうとも、この目は涙を忘れてしまった。 如何ともならない感情と一緒に、風で乱れた髪を背中に向かって思い切り払った。 部屋に戻ると、程なくしてサンが目を覚ました。 レイが横になっていた事で、普段よりよく眠れたようだ。 …普段から睡眠は浅い方ではないようだが。 「おはよう」 そう言ったサンの目は、昨日のふてくされたものを引きずってはいない。 その声に答えながら、レイはこのとびきり暗い思い出話を話すか否か迷っていたが… とりあえずはやめた。 今度聞いてきたら話してやろう。 そう心に決めて。 …はい、とびきり暗いお話終了です! ぁあー長かったなぁ!! まぁ結局何も解決してません。 思い出は何も解決しないものですわー。 色々語りたいこと語ったなぁ、という気がします。 まぁ良かったのではないかと。 敢えて言うなら、レイの気持ちに少しずーつ光が差し込んでいるかしら? この話は占い師の「過去を見る力」ってのがキーなのですが 真実を知るのが、必ずしも良い事だとは思いませんわ(ぇ 元々楽観的な人でなければ、蓋をした真実を消化しきれませぬゆえ。 てことは、レイは楽観主義者だったのか? ってことなのですが… 実はそうなんです(まて ていうか、割とひょうきんというか、お調子者でした…昔は(ぉ そんな裏設定アリです。 …あー…今回あとがきが妙に長いのはですね、 前半と後半の長さのバランスが悪いせいでs(こら 前半が長すぎました。切るところ間違えた…。 まぁたまには語るのも良いだろうっ! もし語り読むの嫌ーという方がいらっしゃれば飛ばして下さるも良しですわ。 …これはあとがき前に入れる文章だったかしら?