「綺麗事。そう、綺麗事さ。」  見事な水色の髪に、白と赤と金で構成されたターバンを巻いた16程の歳の少年は 群青色の瞳を細めてぼつりと言った。  辺りは陽の沈みかけた砂浜で、凪とでも言おうか、海はとても大人しい。 太陽から吹くかのような潮風に当たりながら、彼、は、そう呟いたのである。  非の打ち所が見あたらない程の美形である彼は、今の季節に不釣り合いな重ね着で、 しかも上着と呼ぶべき物は非常に厚い生地で出来ている。 しかしそれでも問題はない。 彼にはそういった感覚が無いのだから。  ――そう、彼は、この世の者ではない。 かと言って、死者とも呼びがたい。 ならば彼は何なのかと問われれば、それはきっと彼の自己紹介の通りなのだろう。  ――僕はバク。自ら死を選んだ者の成れの果て。    転生を待つ間、僕等はこうして現世を彷徨う。    生きていた頃の記憶はない。男だったか女だったかも分からない。    今も性別はない、僕、というのは、生者のしもべ。    自らを僕と呼ぶことで、僕たちバクは、それを自分にたたき込む。  一応、彼とか少年とかいう表現を用いているが…彼には性別がない。 彼も少年も、昔は男であろうが女であろうが用いたらしい言葉なので、 とりあえずはこれでいこう。  ただ呆然と、景色や状態を脳内で文章化していたところ、彼はまた口を開いた。 「でも、綺麗事を汚いモノのように言うのなら、この世に救いなど無いよ。」  ――そう、私は綺麗事を否定した。 次々と投げかけられる、希望の光に満ちた美しい言葉の数々。 そのひとつひとつを、完膚無きまでに否定し、答えられぬよう言い返し、 相手の気持ちを悪い方へだけ深読みし、自分を闇へと引きずり込んだ。  彼もまた、私の悲劇的な話に付き合ってくれた者の一人だ。 随分と汚い所を見せたが、それに一つ一つ答えてくれた。 しかし私は否定した。まるで否定することを生き甲斐としているかのように。 「それともキミは、悲しんでいたいのかい?」  彼の言葉は容赦がない。 表情の無かった彼の顔は今や、うっすらと嫌悪を帯びている。 理解に苦しむのかとも思ったが、きっとそれは…悲しみの表情だろう。  いかに説得しても聞き入れてくれない私に対して。 このままでは彼と同じになってしまうかも知れない、私に対して。  ――そう、希望を否定した後の闇は、よりいっそう深くなる。 私は自らそれに飲まれようとしているのだ。 彼は私をそこから救い出そうと策を尽くした。  しかしそれでも、救い出そうとすればするほど闇は深まる。 そして私は言ってしまったのだ。 「そんなものは綺麗事だ」と。 「綺麗事。そう、綺麗事さ。」  彼の返してきた言葉は、実にあっさりとしていた。 投げ出した訳ではない、私たちの言う綺麗事も、それを否定する言葉も、実際「そう」なのだ。 だからこそ彼は、綺麗事を言わなければ救いはないと言ったのだ。  私はやっと理解した。 今まで何となく分かっていた事を、今改めて理解した。 「それじゃあ、僕は行くよ」  彼はそう口にすると同時、海の方へと踵を返す。 そのままサラリと、スカートのような長い服を引きずって水面を歩く。  何の事はない、彼はこの世の者ではないのだから。 「待って」 ……言おうとして、私は伸ばしかけた手を止め、発声しようとした喉をも止める。  そこには沈みかけの夕陽と、それを映す凪の海。 彼の姿は、そこには無かった。  ――夢……? 所謂、白昼夢とかいう類のものだろうか。 ポケットというポケットには石が詰め込まれていて、酷く歩きにくい。  ……ああ、私はこの海で……  私は石を捨てながらふと思い出した。 確か彼はこう名乗った。 「バク」と。 つまり、悪夢を食べる者であると。 「……まずい」 彼は膝を落として呟いた。 今にも吐きそうな青ざめた表情で、口に手を当てて。  あと幾つ食わされれば終わるのだろう。 これが自ら死んだ者への罰だと言うのなら、あまりにも酷すぎる。  吐き気が終わると、今度はジリジリとした頭痛だ。 悪夢を食べるたびに訪れる、この症状。 悪夢を一つ食べるごと、僕は生きていた頃の記憶を取り戻す。 誰がどういう基準で決めるのか、ある程度思い出すと転生が決まるらしい。  ぜいぜいと苦しみながらも、彼は立ち上がる。  それでも僕は、食べ続けなくちゃならないから。  僕は、生者のしもべだから。 えー…何だコレとか訊かないでください(こら 私だって何だか分かりません。 大昔に読んだ絵本が元になってます、これの「私」は実際私でいいと思います。 多少脚色してありますが。 確かその絵本では、バクは悪夢を食べ過ぎて死んでしまったと思います。 ああ何てタイトルの絵本だったか…! どなたかご存じでしたら教えてください。 ってか薄ら暗いですね…すみません。 何も考えてませんでしたと言えば嘘になりますが、明るい話を考えれば考えるほど 暗い方向に突っ走る私。 ああ、正に綺麗事と闇か畜生。 そういえば調べて初めて知ったのですが、バクって中国の想像上の生き物(?)だったんですね…! うっかりターバン巻いちゃったじゃないの…これじゃインドだわ。